夏休みに1ヶ月ほど東南アジアを旅した。平和な旅だった。サークルの先輩が、「さとき氏のツイートを遡って、こんな大学生活がしたい人生だったとしみじみ思った」と呟いた。びっくりした。大学1年の頃、学校とアパートを行き来するだけで、このまま大学生活が終わってしまうのではないかと焦り、インドに行った。それから北欧と東南アジアに行った。だから、他人の大学生活を羨んでいた自分が、他人に羨まれるとは思ってもいなかった。
タイから帰国した週の日曜日、バイト先の人と飲みに行った。そこで、僕を漢字一文字で表すと和やかの「和」か穏やかの「穏」だと言われた。他人にはそんな風に見られているのかと思った。「和やかじゃないですよ。アパートに帰れば部屋で毎日 奇声を発してますから」と返した。
カンボジアを旅している時に、孤児院ボランティアはブローカービジネスだよって聞いた。
「私たちがボランティアの人たちと初めに出会ったときは嬉しかった。でも、彼らが孤児院を去る時の悲しみと言ったらトラウマになりそうだった。私たちはひどく困惑して、泣きじゃくっていた。おとなたちが孤児院を訪れては去る、この繰り返しで、毎回捨てられたように感じていた。」カンボジアの孤児院で育ったシネット・チャンさんはこのように語っています。孤児の子どもたちにとってボランティアとの別れは親との離別の記憶を呼び起こす要因となります。
C-Rights「孤児院ボランティアの負の面」
別れの際に泣く孤児を見て、ボランティアスタッフはそれを感動と履き違えていたのかと思った。僕も、知らないうちに、人を嫌な気持ちにさせたり、傷付けたりしているのだと思った。