笑顔いっぱいの遺影

“とっちゃ”が死んだ。

津軽弁で“とっちゃ”は父を意味すると思うのだけれど、僕の親戚の間で“とっちゃ”と言えば、曾祖母の長男を指す言葉だった。つまり大叔父なのだが、僕にとって大叔父というより祖父とか曾祖父に近い存在だった。祖母は子供の頃、兄であるとっちゃのことをずっと父親だと思っていたらしい。盆正月はとっちゃの家に集まって過ごすものだった。

母からとっちゃが死んだよと連絡が来た時、「そっか。」と僕は返した。ここ2、3年、病気を抱えて入院していたので、もう長くはないと皆んなが知っていた。とっちゃが死んだことに対する感情の起伏はあまりなかった。それから数日後、母から葬式の写真が送られてきた。とっちゃの遺影は溢れんばかりの笑顔だった。その写真を見て、僕の方まで笑顔になるくらいだった。そして、涙が出た。研究室には他のメンバーがいたので、机に突っ伏して泣いた。

2つ思い出した。映画「サマーウォーズ」に出てくる栄おばあちゃんの気持ちのいい笑顔の遺影と、「My family’s slave」というジャーナルのこと。

ある家族の奴隷としてアメリカで生きアメリカで死んだローラが、火葬され骨となってフィリピンに帰った。しかし、ほとんどのフィリピン人はキリスト教を信仰していて、土葬が一般的であったため、親戚はみな骨になって帰ってきたことを悲しみ、声を荒げて泣いた。そして彼らはひと通り泣き終えた後、急に顔を明るくして食卓を囲み故人について語り合った。言葉にしちゃうと陳腐になってしまうけれど、陳腐のまま言うと、何かを引きずることなく死とちゃんと向き合うのは良いなと思った。僕が死んだときも、集まった人で、こいつこんな馬鹿なことしてたとか、全く僕に関係ないことでも笑っててほしいなと思った。

ほんと、いい笑顔だ。

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