キリングフィールドの慰霊塔を50m手前で見たとき、この感覚は一生忘れないだろうなと思った。恐怖や悲しみといった感情を抱いたわけではない。自分の意思でその場所まで自転車を漕いで行ったのだが、それでも意識的な感情を排して慰霊塔の前に立っていたつもりだ。思考も感情も後付けが多い。その余白が異様に広かったと言えばいいのかもしれない。あの時の感覚をそのまま何かで表現できないかなあと最近になって思う。
キリングフィールドの慰霊塔を50m手前で見たとき、この感覚は一生忘れないだろうなと思った。恐怖や悲しみといった感情を抱いたわけではない。自分の意思でその場所まで自転車を漕いで行ったのだが、それでも意識的な感情を排して慰霊塔の前に立っていたつもりだ。思考も感情も後付けが多い。その余白が異様に広かったと言えばいいのかもしれない。あの時の感覚をそのまま何かで表現できないかなあと最近になって思う。