3/11 ヒンディー教の宗教歌 (リシケシュ)

ホテルの従業員のカランは黒い何かを練り潰して頬と奥歯の間に詰め込み、これが俺の朝食だと言った。今日もまた朝食のアチャールと格闘した後にホテルを出た。マンゴーを売っているおばさんと目が合ったので、How much? って聞いたら50Rsって言うから、その場を立ち去ったら10Rs!10Rs!Hello!Hello!って後ろから叫んできた。それでも僕は立ち去った。戻ったら逆にカッコ悪いでしょ。マンゴーの代わりに20Rsでライムと塩と炭酸水のジュースを飲んだ。ライチジュース大さじ一杯もの塩を入れる。塩を入れなければライムの香りがする水だ。IMG_5664ガンジス川の上流の人のいないビーチに行こうかなと歩いている途中で少年2人に出会った。小さい方は英語を話せて大きい方は英語を話せなかった。どこ出身かと聞かれたので日本というと、日本が好きだという。どこが好きか聞くと、日本のお金が好きだという。直接的すぎる。カンフーはやるのか聞かれた。カンフーは中国だよと教えた。小さい方は勝手に僕をガンディラと命名した。拒絶した。小さい方はしつこく日本のお金が欲しいというので日本の飴ならあげるよと言って渡した。煩わしくなったので小さいのが少し離れたときに大きいほうにSee youって言って別れた。やんちゃ少年砂浜に行くのをやめ、ラクシュマン・ジュラの橋を戻り、CAFE OKAERIに行った。ちょっと厳めしい扉を開けると、マユゲという犬が吠えてきた。店内には日本人の男性がひとり座っていた。もちろん和食ターリーを食べた。一品は日によって違うのだが、ロールキャベツだった。サービスで出してくれた焙じ茶が身に沁みた。次第にインド慣れしている日本人が集まってきた。化学調味料は身体に良くないというに話になったので、会計を済ませて店を出た。ラクシュマン・ジューラの橋で若い日本人女性2人がスクーターに乗っていた。国際免許を持っていなくても、インドでは大丈夫らしい。警察に止められたら賄賂で解決するようだ。すぐ後に、スクーターに乗った外国人カップルが中年のインド人男性を轢く瞬間を目撃した。轢かれたインド人は怒って殴りかかろうとしたが、周りのインド人が止めに入り、彼氏に向かって今のうちに早く行きなさいと言った。珍しいものを見た。

早めの夕食はGANGA BEACH CAFEでコフタを食べた。じゃが芋とミンチ肉を練り合わせたものだと思う。どこでもそうだがライスの量が圧倒的に多い。IMG_5677ハエが多すぎてゆっくりと出来なかったのですぐに店を出た。テラ・マンジル寺院を対岸から眺めていると、緑の服を着たおじさんが話しかけてきた。日本のお寺がどういう形をしているのか知りたいと言うので、高校の修学旅行で撮った京都の寺の写真を見せた。右目が悪いらしく、スマホの画面を見るのに苦労していた。30分ほど一緒にガンジス川を眺めた後でおじさんは去っていった。IMG_1025午後6時ちょうどにテラ・マンジル寺院からヒンディー教の音楽が流れ出した。

隣のビーチではしゃでいたインド人の若者たちも歌っていた。30分くらいして音楽が終わったので立ち去ると、近くにあったオムカラナンダ・アシュラムで子供たちが歌の練習をしていた。IMG_5678

ホテルに帰る途中で、欧米人の女性が腕だけで歩くおじさんと目が合い笑顔でHelloと言った。毎日同じ場所で物乞いをする少年、両手がなく足先で描いた絵を売る女性など写真には撮らなかったが、様々な人が何の手当てもなく生きている。僕には、彼らに向かって笑顔で挨拶できない。彼女は彼らと心から平等に接することができるのか、それとも生きる次元が違うのか知りたかった。

ホテルの向かいの家では結婚パーティーが始まっていた。IMG_5683IMG_1031ホテルの屋上から見ていたが、おばちゃんが一人だけハイテンションで踊っていた。部屋に戻ると銃撃戦のような花火の音が聞こえてきた。

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